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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2409号 判決 1957年3月12日

原告 臼井ナツ

右代理人弁護士 松下則光

被告 堀江憲治

右代理人弁護士 都富佃

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告が昭和二十九年十二月二十八日、被告から本件土地家屋を代金五百万円で買受け、手付金百万円を支払つて右物件の引渡を受けたことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第二号証の一、二並びに証人堀江照の証言及び被告本人尋問の結果を綜合すると、原告が被告に対し昭和三十年三月二十九日附内容証明郵便をもつて残代金四百万円を同年同月三十一日までに支払うべきこと、若し右期限までに支払わないときは売買契約を解除する旨の催告並びに条件附解除の意思表示をなし、右書面は翌三十日被告方に到達したことが認められ、右認定に反する証拠はない。(被告は売買契約当日原告代理人大久保巖との間に残代金四百万円のうち金百万円について、これを原告の被告に対する貸付金とする旨の約定が成立したと主張するが、右主張に添う被告本人尋問の結果並びに「原被告間の売買契約に基き、金五百万円の内百万円は貸付金とすることを保証する」旨の記載ある乙第二号証は証人大久保巖の証言に対比してにわかにこれを措信することができず、他にこれを認めるに足る証拠はない)。

そこで進んで、被告は本件売買目的物には隠れた瑕疵があつて契約の目的を達することができない旨主張するので、この点について判断すると、乙第五号証の一ないし五、(本件家屋北側の門の写真であることは当事者間に争いがない)同第七号証の一ないし三、(本件家屋東側の門の写真であることは、当事者間に争いがない)検乙第一ないし第四号証(証人堀江照の証言、被告本人の供述により本件家屋北側の門の錠及び鍵、玄関の鍵であることが認められる)並びに証人山本栄一、同堀江照の各証言及び被告本人の尋問の結果を綜合すると、被告が本件土地及び家屋を買受ける以前、原告の夫等の案内を受けて下検分した際、本件家屋の北側通路を通つたこと、北側の門の錠をあけて出入し、その門柱には原告名の標札、水道等の設備の標識があり、郵便受が設けてあつて右門を正門として示されたこと、被告としてはその際何人からも北側通路について通行権がない旨を告げられず、而も右通路はコンクリートで舗装されていた等の事情から、当然北側門を正門として使用し得るものと信じて契約したこと、また被告は本件土地、家屋を買受けて産婦人科病院を開設する目的であつたこと、而して法規上病院を開設するには少くとも二十人の患者を収容し得る施設がなければ許可を受けることができないので、被告は本件土地売買契約締結の際、本件家屋を一部改造するとともに、本件土地の北東隅に存する空地一杯に病室等の病院設備を建築してこれを住宅兼病院に使用する計画をたて、原告に対しては右の建築計画を明らかにし、原告は充分これを了解した上で本件土地家屋を被告に明渡したこと、被告が買受物件の引渡を受けた直後、訴外山本栄一から本件家屋北側通路の通行を禁止され、始めて右の通路は右訴外人の借地であつて、被告はこれを通行する権利がなく、従つて北側門を正門として使用できないことが判明したこと、そのため東側通路から本件家屋の玄関に出入する通路を本件土地北東隅の前記空地に設ければ、右空地に病室等の病院施設を構築できる面積が当初の設計より約五坪も減じ、法規上病院開設に必要な設備に不足するに至ること、また、已むなく当初の計画どおり、前記空地一杯に施設を構築し、南側に出入口を設けるとすれば全体の設計に及ぼす影響が大きく、当初の計画に比して費用の増加が厖大で、被告としては到底忍び難い額に達することを認定することができ、右認定に反する証人北山忠雄(第一、二回)の証言は、被告本人尋問の結果に照してたやすくこれを措信することができない。他に右認定を覆すに足る証拠はない。(なお、被告が売買契約を締結するに当り、本件家屋の北側を正門として使用できないことを知つていた旨の原告主張事実を認めるに足る証拠はない。)

右認定の事実によると、本件契約の際、売主たる原告が正門であると示した門が外部の通路の通行ができないため、門の形態を存しながら正門としての用を為さないことは、その利用上致命的欠陥あるものというべく、それがひいては本件土地、家屋をして契約上予定された病院としての使用に対しその適性を著しく減少させる結果を来たし、しかも右の欠陥は取引上必要な普通の注意をしても正門及び通路の外観から発見できなかつたものと考えられるから、民法第五百七十条にいう「隠レタル瑕疵」に該り、これによつて被告は病院開設という本件土地家屋買受の目的を達することができなかつたものというべきである。而して被告本人尋問の結果及びこれによつて真正に成立したものと認め得る乙第三、四号証を綜合すれば、被告は原告に対し昭和三十年三月三十日附、同日到達の内容証明郵便をもつて本件売買契約には前記の瑕疵が存し、契約の目的を達することができないことを理由として右契約解除の意思表示をなしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうだとすると、原告がなした条件付契約解除の意思表示は、被告によつて本件契約が解除された後にその条件成就すべきこととなるから、これが無効であることはいうまでもない。

右の次第であるから、被告に対し、原告のなした契約解除が有効であることを前提として本件家屋の明渡並びに契約解除後の損害金支払を求める原告の本訴請求は、爾余の点について判断をまつまでもなく失当として棄却を免かれない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄)

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